2018年10月11日

XLR250RH

これが私の相棒、XLR250RH 1987年製です。

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今月で、新車で購入してから31年立ちました。

今は亡き友人とツーリングにいったり、何度かあった家庭での出来事の時は、

慌てて帰ってきたり、朝遅刻しそうなときには力強い味方になってくれたり。


31年分の思い出が詰まった単車です。

これからも宜しくお願いします。

posted by おいちゃん at 15:03| バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月24日

今年の単車 修理始め

去年の暮れに、単車の修理の部品やら工具やらを買った。

まだ、愛車をいじってやれてなかったので、休みを使って修理。

まずは、破れたシートを修理。シートの皮(?)をはがして交換した。
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まずは、打ち付けてあるタッカーの針を
細いマイナスドライバーで浮かして、
ラジオペンチで抜いていく。

古いシートをはがすと、穴が空いてたせいか
スポンジが湿っていた。

スポンジは直射日光を当てると劣化するので、
陰干しに。乾燥した北風に当てたからか、
良く乾いた。

皮を張る時は、前、後ろ、前横、後ろ横と、
順番に仮留め・本留めを繰り返しながら
張っていく。

結構、根気と力がいる作業だったが、
なんとかシートは新品みたいになった。

こんどは、フロントサスです。
でも、もう少し暖かくなってからかな。

ラベル:シート 修理 単車
posted by おいちゃん at 16:34| Comment(0) | バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月02日

フロントフォーク

フロントフォークのオイルがだだ漏れ!!

先々週の金曜日に我が愛車 XLR250RH(MD20)の

左フロントフォークのオイル漏れを発見。

じゃぶじゃぶ漏れてて、フロントブレーキがオイルまみれになりそう。

早速、ここからフロントフォーク オイルシールを探して購入。

左右のオイルシールを交換して事なきを得る。

このバイクとも30年の付き合いだからな。
IMG_3579.JPG
もっといたわってやろう。

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2015年01月05日

セローの名義変更

クリスマスにもらったセローの中古を

名義変更をしててきました。

ナンバー変更無しで、名義だけの変更なので、

書類も少なく、変更用紙と住民票・自賠責保険証

くらいでした。1時間もかかりませんでした。

使った経費は
住民票発行、、、300円
変更用紙、、、40円               計340円
だけでした。

時間もお金もかかるとおもってましたが、

案ずるより産むが安しですね。

ラベル:セロー 名義変更
posted by おいちゃん at 12:52| Comment(0) | TrackBack(0) | バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月21日

『80年代初頭単車の思い出』その5

ライムグリーンのKL250。

とても悩んだ末にKLにした。

比較したのは、XL,XT,TSそしてKL。

XLは当時一番人気でした。大柄なボディーに23インチのフロントホイール。姿が美しくタヒチアンレッドのカラーリングが山の中へ行くと緑に映えて美しかった。今でも旧車として人気があると思います。

XTは、ヤマハが出した新車でした。後発だけあって、他のライバルを研究して設計されていました。足つき性の良さはいちばん。乾燥重量も一番軽い。多くのユーザーの声を取り入れた日本人の体系にぴったりなオフ車でした。

TS250は、ハスラーの愛称で呼ばれていました。この4台の中で、唯一の2ストでした。

KLを選んだのは、周りで乗っている人がいなかったこと、バランサーなし、デコンプ無しのシンプルなエンジンだったこと、シート高が高くスタイルが良かったこと、ライムグリーンのタンク形状が気に入った等の理由だった。とても気に入った。



タウニーのときのようにいきなりフルスロットルということもせず、丁寧に扱った。

大学が離れたところにあったので、慣らしのためにKLで通学した。大学まで約80キロ。毎日往復160キロのツーリングだった。

休みになると大学の友達と山へ、海へ出かけた。毎日KLに乗っていた。


真冬の正月2日。伊勢神宮へ初詣にKLで行った。十分な防寒具も無く、凍えながら走った。あまりに寒くて、大声で訳の分からないことを叫びながら走った。
暖を取るために入ったラーメン屋。ストーブの傍でおつゆまで飲んだのにまだ寒かった。今考えると無謀だった。

あの頃は体力もあったし、乗っていて楽しかった。雨も風も熱さも寒さも関係なかった。ただ単車に乗ることが楽しかった。

たのしかったなー。
posted by おいちゃん at 17:38| バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月19日

『80年代初頭単車の思い出』その4

気に入った。

ライムグリーンのその大柄な車体。
オフ車らしい無骨な面構。

エンジンをかけるためにキックする。

キックレバーでピストンを上死点まで持っていく。

KLはデコンプが付いていない。体を使って一気に踏み下ろす。

かかった!

当たり前だけど感動した。これがエンジンの音というものだ。
『早く乗ってくれ、一緒に走り出そうぜ』
KLに誘われるようにまたがる。

スロットルを空けながらクラッチをつないでゆく。

走った。(これもあたりまえである)

乗ってみるとトルク感が凄い。教習所で400ccには乗っていたが、あくまでも教習だ。それにエンジンはマルチだった。


信号で先頭に出る。

青。

ひとふかしで、他の車はバックミラーの彼方だ。


短気筒250cc。たまらん。

50ccなんてくらべものにならん!!

あれだけ気に入っていたTS50にはもう戻れなくなった。

勘弁してくれ、TSよ。もうお前には戻れない体になってしまったんだぁぁ。
posted by おいちゃん at 23:09| バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月15日

『80年代初頭単車の思い出』その3

今、ビートルズの赤版を聞いている。

50ccのTS50に飽きた頃、どうしても250のオフ車が欲しくなってきた。
原付免許しか持っていなかった私は、お金の節約のために車の免許を取ってから自動二輪の免許を取る事にした。


今でもあるんだろうか? 運転練習場。

運転教習所ではない。練習場。

運転の練習だけさせてくれて、試験場ですべての試験を受けるのであ

る。当然料金が安いので、この方式にした。

掛かったお金は約9万円。

当時15万円掛かるといわれていた免許を5分の3の料金で取得できた。ここまで来ればこっちのもの。浮いたお金をつぎ込んで、中型二輪免許は教習所で1週間で取れた。

さて、単車選びだ。

ほとんどヤマハXT250にしようと決めていた。雑誌のレビューで,高評価だったからだ。

が、あまりにも乗り心地がマイルドで、個性がなさ過ぎた。
単車に求めるものは、人それぞれであろうが、私は乗り心地が悪かろうが個性的な単車を選びたい。

そこで決めたのがカワサキKL250。

バランサーが無く、エンジン振動が大きい。シート高・最低地上高も高くちょっとじゃじゃ馬的な単車だ。

納品の日、お店で奴は堂々と雄姿を見せていた。
posted by おいちゃん at 22:27| バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月12日

『80年代初頭単車の思い出』その2

今、ディープパープルを聞いています。

原付免許しかもっていなかったあの頃。

TS50を買ってから行動範囲が極端に広がった。
原付といえどもハスラーシリーズの末弟。タウニーとは比べ物にならない。

たのもしかったぁ。

浮谷東次郎の「がむしゃら1500キロ」に触発されたのもこの頃だった。
こんな面白い奴がいるんだという驚きと、もうそのときに彼はなく亡くなっていたという残念さで複雑な気持になった。

よし、俺も東次郎のように走るぞ。(青春してたなぁ)


TS50に乗ってあちこち遠出した。中でも京都へ行ったことは忘れられない。

自宅(名古屋)から国道1号線でひたすら京都へ。

原付は、なんといっても30キロ制限なので(汗)、ほかの車に気を使いながらの旅だった。

鈴鹿峠では急な上り坂が続く。あえぎながら上っていくわが愛車にがんばれ、がんばれと声をかけながら登った。

峠近くから見た三重県側亀山の町は、後ろに伊勢湾を従えて素晴らしい景色だ。ハスラーよありがとうな、よくがんばったな。

京都までは自宅から約160キロ。東次郎ほどではないが約6時間の冒険だった。気が付けば、車の排ガスで顔は真っ黒で、ゴーグルの跡がはっきりと付いていた。

50ccだったけど、走ることが楽しかった。
小さな愛車が頼もしくて愛しかった。
posted by おいちゃん at 22:09| バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月08日

『80年代初頭単車の思い出』

今、イーグルスの「呪われた夜」を聞気ながら書いてます。



あの頃、単車に乗りたくてしょうがなかった。
族(暴走族。竹の子族ではない)ではないが、奴らの気持ちは少し理解できた。


大学に入って、原付なるものを購入した。

ヤマハ TOWNY(タウニー)

もちろん色は黄色。スタイルが良かった。かわいいやつであった。

それまでの原付といったら、ホンダのスーパーカブのような「実用車」

しかなかった。

テレビでやってたナベサダ(ナベアツではない!渡辺貞夫:サックスプレーヤー)のCMの影響もあって、迷うことなく決めた。

このタウニーに乗ったとたん、こんな思いが心に浮かんだ。

「これに乗っていったら、ガソリンさえあればどこまでもいける。こいつはスゲエ!!」

自転車しか乗ったことがなかった、未成年には衝撃だった。

あまりに嬉し過ぎてはじめからフルスロットルで走り回っていた。(当

然単車の寿命は短くなった,、、泣)



すぐに、もっとよく走る単車が欲しくなった。

「何か情報を得なければ。」

ネットなんてこの世に存在しないその頃のこと。当然、情報源は本。

「月間オートバイ」「モーターサイクリスト」(いまでもあるのかな?)

高校まで単車にまったく興味がなかったのに、楽しくて楽しくて一生懸命

読んだ。自分はオンロードよりもオフ車が気に入った。

ホンダXL250,ヤマハXT250,カワサキKL250,スズキTS250ハスラー

夢が広がったねー。この単車にこのテントをつんで、あそこの山へ走りに行こう、、、。

オフ車で道なき道を駆け抜けるのだ。などと妄想は膨らんだ。


その頃雑誌のレビューで評判の良かったXT250に決めようか、
23インチフロントホイールが戦闘的なXL250sにしようか、
じゃじゃ馬の様でバッタ色(ライムグリーンというらしい)のKL250にしようか、、、。


悩んだ挙句に買ったのは、、、。



スズキTS50(爆)

原付免許しか持ってなかったんだった。

posted by おいちゃん at 19:11| バイク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする